December 08, 2007

酔いどれ天使

  
年を忘れさせてくれるような忘年会に一度も参加したことがないオヤジは、たとえ体調がイマイチでも、飲み足りず、燃焼しきれず、この世の終わりのような満員電車に揺られ銀座から戻って来た時には、もうノドが渇いちゃって、渇いちゃって、迷わず生ビールの飲める店に直行し、したたかに飲み直したのである。

それでも帰ってからバタン、キューとはいかず、DVDをプレーヤーに入れてしまった。
以前、中古ビデオやDVDの安売りをしていた店で、なんと新品で千円の黒澤映画を売っていたので、取りあえず3枚衝動買いしていたのだ。
50年以上たって著作権が切れたとか、いやまだだとか、揉めていた問題の商品だと思うが、堂々とお店で売られていたのだから買うほかないだろう。
だがそんな扱いのDVDだから、デジタルリマスターとかチャプターなんてあるわけもなく、ビデオをそのままダビングというようなもんだ。
しかし名画座世代は、そんな多少の難はたいしたことではない。
終わりまでちゃんと観られればいいのだ。

酔っぱらって、酔いどれが観るには相応しい作品「酔いどれ天使」を観るのは、池袋文芸座でオールナイトの5本だてで観た以来だから、実に31、2年ぶり。
ヘッ、ヘッ、ヘッ、このオイラが天使ですと ?
まあたしかに「天使のように大胆で、悪魔のように繊細」(by 黒澤明)ではあるけれど、「僕は天使ぢゃないよ」(by あがた森魚)。


んなこたぁどうでもいいが・・・。
「酔いどれ天使」は、三船・黒澤コンビが確立した映画の記念すべき第一作だ。
1948年の映画で、戦後の闇市でのしている三船扮する肺病病みのヤクザの兄貴と、反骨で熱血漢だが消毒用アルコールまで飲んでしまうアル中の貧乏医者との交流を描き、黒澤のヒューマニズムと暴力否定の倫理観が滲み出ているのだが、頬を削ぎ落したようなニヒルな三船ヤクザの強烈な存在感は、チンケなヤクザ映画なんて吹き飛ばしてしまう圧倒的な迫力で魅せてくれる。
モノクロ映画なのに、鮮やかな“色”を見せてくれる演出で秀抜なのは、白いペンキに塗れて殺し合いを演じる三船と兄貴分のシーンだ。
後の「用心棒」「椿三十郎」の男臭さの匂うギラギラとは違う、暗い闇を抱えた三船敏郎がそこにある。
だが、一方の主演「志村喬」演じる-こちらが本物の酔いどれ天使-医師の、ちょっと東北訛りを感じさせるべらんめいなセリフは、オイ、オイ、桑畑・椿三十郎ではあーりませんか。
三船ヤクザのことを若い時の自分にだぶらせて世話を焼くくせに、突き放すような乱暴な言葉でやさしさを隠している。
言葉の端々に三十郎が顔を出してますぜ。
もうすでにこの頃に、こんなセリフ回しがお気に入りだったのね、黒澤さん。

それにしても、今は亡き出演者達のいい味出していること。
「飯田蝶子」はその頃からばあさんで、「千石規子」の芸風は変わんないし、黒澤作詞の「ジャングルブギ」を歌う「笠置シヅ子」なんて、今じゃコメディみたいだ。
その他にもたくましくも健気なお姉様方がたくさん登場しています。
出色は、掃き溜めに咲いた一輪の花、セーラー服姿の「久我美子」さんだ。
もはや絶滅危惧種のような清純可憐な微笑みであります。
必見 !

「酔いどれ」ているのに、98分という手頃な時間の作品なので、見返して観てしまい、結局寝たのは朝だった。
寝る前にふと思ったのは、「志村喬」演じる「酔いどれ」医師の体型や髪型が、前「横浜のふとっちょくん」= 現「サバニィ」に似ているということだ。
似ていると思うと、「志村喬」の仕草までそれっぽく見えてくるからヘンなものだ。
うわぁ、今度「サバニィ」にセリフ回しを覚えさせよう・・・。

あ、あ、断っておきますけど、「サバニィ」はもちろん「天使」ぢゃないよ。

Posted by mogmas at 10:20:00 | from category: 映画の引出し | TrackBacks
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