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ナビコ対ナビオ

　　
いろんな初めてのことに出会うのが旅の醍醐味でもある。

長野までの新幹線の車中で、ビールを飲まずにコーヒーだけでガマンしたのは、駅レンタカーを運転する任務のためだ。

年寄り２人が乗り降りも楽なように、両側スライドドアのミニバンを借りる予約をしておいたが、配車されたのはマツダの「プレマシー」という車だった。
真っ白のその車にはカーナビが搭載されており、マツダ車を運転するのも初めてなら、カーナビを使うのも初めてだったので、少々戸惑い、ぎこちない運転で走り出した。

我が家の非力な「プレーリー」も両側スライドドアで、アウトドアから年寄りを乗せる病院車としても実によく使ったが、ご近所ならともかく山や高速の走行はもういささかしんどく、あとどれくらい乗れるか心もとない。
もちろんカーナビなど取り付けるつもりはなく、それは小僧という名の「ナビオ」の役目を奪うことにもなるからだ。

「ナビオ」は常日頃から道路マップを愛読しており、白地図ではないのに、いままで通った道を赤マジックでなぞり、記しを付け、脳ミソという記憶装置に地図上の色々なことを書き込んでいる。
だから、走行中車窓からは一時も目を離さず、絶対スリープなどしない。
ドライバーが迷ったようなことを口走るなり、先読みして道を教えてくれるが、時々間違うことが難点だ。
また、「この交差点をどっちだっけ ? 」
と質問すると、「あっち」「こっち」と指先という方向指示器を使って答えてくれる。
当然だが、走行したことのない道は苦手で、質問しても答えずにばっくれることもある。

そんな助手席の「ナビオ」にカーナビのリモコンを持たせて、勝手にやれと言ってやった。
なんせド老眼のオヤジは、カーナビの画面の文字すらろくに見えないのだから、土地勘のある信州の道路など標識と経験値だけで乗り切ってやると、ハナからカーナビを頼りにしていなかった。

「ナビオ」もカーナビに触れるのは初めてのことで、リモコンのボタンを適当に押しまくり、どうにか行先設定を開始すると、銀行のATMのお姉さんとどこか似ている声の「ナビコ」が次の指示を出し始めた。
「ナビオ」はニヤッとして、行先を戸隠に設定し、車窓よりも「ナビコ」の画面を注視して「700メートル先を左折ですよ」と告げた。
フン、その道はさっきレンタカー屋のお兄さんが、工事のため通行止めだと教えてくれた道だ。
「ナビオ」と「ナビコ」の裏をかいて直進し、人から聞いた道を進むと、「ナビコ」は機嫌を損ねたようにキュッキュ、キュ、と音を出し、「ナビオ」は不安そうに「その道は違うよ」と訴える。
だがしばらく走って道路標識が戸隠を表示しているのを確認すると、「ナビオ」は安心し、「ナビコ」はルート修正をして現在地を割り出した。

「ナビオ」は1を聞いて100ぐらい知った気になるタチなので、すぐに「ナビコ」を自分の支配下におけると思ったようだ。
リモコンボタンを調子に乗って押しているうちに、「ナビコ」は沈黙してルートも示さなくなってしまった。
アセった「ナビオ」がリモコンを運転中のオヤジに差し出すものだから、しょうがなく車を路肩によせ、ようやく真面目に「ナビコ」の機嫌をとることにした。
操作さえ憶えてしまえば「ナビコ」は従順で、いろんなことができることがわかった。
なるほど、確かに知らない道では「ナビコ」は便利だと思う。

「ナビオ」と「ナビコ」が協力するまでもなく、順調に戸隠に到着した。
その昔オヤジが小4ぐらいのとき、家族・親戚と大勢でこの地に来た時に、入った蕎麦屋でベルトが腹に食い込むくらい大喰らいし、アイスコーヒーというものを初めて飲んだ思い出がある。
今回は本場の辛み大根の蕎麦を堪能した。

戸隠から野沢あたりはスキー場がたくさんある一帯なので、道路はどこも舗装されて走りやすく、「プレマシー」は実に快適に走った。
翌日に高速も走ったが、加速力といい、カーブの安定性といい、我が家の「プレーリー」とは雲泥の差だ。
オーディオもシートもエアコンもキーもいいし、取り回しもすごく楽チンだ。
やっぱり新しい車はいい。
よし、買おう新車を ! 　　宝くじが当たったら・・・。

かつての「更埴市」は合併して「千曲市」になっており、「ナビコ」はそこに住む伯母の家の番地でも検索してルートを割り出し、いわれなくても知っている道をご丁寧に案内してくれたが、「ナビコ」の予想外の近道を「ナビオ」は知っていて、そちらを通ると勝ち誇ったように笑った。

しかし無事伯母を家まで送り届け、長野へ戻って車を返したあと、小僧に戻った「ナビオ」はすっかり「ナビコ」と「プレマシー」が気に入って、「いつ買う ? どこで買う ? 」としつこい。
ええい、何度も言わすな !　　た・か・ら・く・じ　が当たったら !