April 08, 2008

千住警察25時

  
かあちゃんは善人だと思う。

ただちょっと天然で臆病でセコイところをのぞけば、かなり純粋な善人だと思う。

だから道端で倒れ込んだ見知らぬ人を放っておけず、救急車が来るまで付き添い、尚かつ自転車に満載した荷物まで ―自転車ごと― 預かってしまうのだった。

4月1日エイプリルフールの火曜日午後5時頃、店の前の表通りでのことだ。

息急ききって店に入って来たかあちゃんは、仕込みと開店準備でテンパっているオヤジに向かって、事のいきさつを話すのだが、興奮していてまったく要領を得ない。

「落ち着いて、深呼吸してから話せ」

まいどの事ながら、事の顛末がわかるまでに3度ほど聞き返さなければならなかった。
そして案の定、肝心なことを忘れていることが判明した。

こちらの氏素性と店のことは告げだのに、相手の名前やら連絡先を聞いていなかったのだ。

倒れた老人(らしい)は、自転車の荷物のことをかなり心配していたらしいので、それほど深刻な状態でなければ遅くなっても連絡してくれるだろうが、もし万が一取り返しのつかない事情だったら・・・、荷物どころではない。

ダンボールの荷物にはカルピスと書いてあるし、その他のものも子ども向けのお菓子やらなにやらのようだ。
もしもの事があったら、とてもそれらのものを気にする余裕はないハズだ。

だが天然善人のかあちゃんは楽観的で、その時はまだこれからくるであろう“手続き”を想像することなどできないのだった。


店が営業を終えて、片づけで午前0時を過ぎても、件のご老人及びご家族・親類縁者はもとより、病院からも連絡はない。
明日は定休日、預かった荷物と自転車をどうするか?
ここに至って、ようやくかあちゃんにも事の成り行きがわかってきたようだ。

で、警察署まで荷物を満載した自転車を押しながら、昔と違って人の親切や善意が素直に伝わらないご時勢だということを、かあちゃんの天然善意を傷つけないように諭しながら歩いた。
だがもうすでに、かあちゃんのテンションは急降下していたのであった。

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千住警察の受付で、当直の若いお巡りさん(私服で警杖を手に、腰にニューナンブを差しているので刑事くんなんだろう)に事情を話し始めると、ベンチに力なく腰掛けたかあちゃんはやがて横たわってしまった。
仕方ない、午前1時を回っている。

刑事くんが消防へ連絡を取り事実を確認するも、個人情報ナントカカントカで相手のことは知らされず、自転車の防犯登録から電話番号はわかったが、倒れた等の本人の携帯電話のため通じず、食品を預かることに難色を示す警察官を説得すること15、6分、事情が事情だから、拾得物扱いで書類を書くことになった。
昔の派出所や田舎の駐在所なら、面倒な手続きなしに相手に物が渡ったろうに、なんと世知辛く、お役所な世の中になったもんだ。
刑事くんもすまなそうに「拾得物預り書」に署名するよう頭を下げる。

その物件・物品欄には、自転車、ガム(ブラックブラック ロッテ)、キャラメル(明治サイコロキャラメル)、タバコ(マイルドセブン)、バナナなどと記載され、それぞれの個数まで確認して書き加えられた。
そして、上記物件に関する 1.一切の権利 2.報労金を受ける権利 3.所有権を取得する権利 を放棄する申告欄に署名した。
清廉潔白なオヤジは、去年も一昨年も拾得物を深夜に酔っ払いちゃんで届け署名した。
なんにも悪いことをしていないのに、毎年警察に名前を残すってのは、どうよ ?
店の所在地を告げると

「ああ、モグランポさんね」

お巡りさんもご存知だ。
フン、おちおち酔っ払いちゃんでバカ騒ぎもできやしない。

たかだか1枚書類を書くだけなのに、ずいぶん待たされ、警察無線にはマル被が逃亡したとか、続々と事件の連絡が入り、退屈だから監視カメラにピースしてみたり、刑事くんをいじってみたりした。

ようやく解放されたのは午前2時を回っていた。
かあちゃんはすっかり意気消沈。
そしてこのあと5日間、かあちゃんは立ち直れず、医者で点滴を打ち、半病人のまま営業を続けることになったのだ。
去年から風邪もひかず、店のことで気を張っていた疲れが、このことで一気にきたのだと思う。

ありがたいことに店は忙しく、戦力不足のおかげでオヤジもどっと疲れた。
10年前にオープンした時以来の疲れが足にきたようで、足の裏が痛いわ、脹ら脛がつるわで、ろくろく眠れず、なのに酒は飲み、夜更かしはするわで、悪循環の繰り返しだ。

今もって倒れた方の安否は不明だ。
親切と善意がこんなに疲れるとは、つくづく小市民なお好み夫婦なのである。





05:01:22 | mogmas | | TrackBacks