August 08, 2008

虫の知らせ


かあちゃんの兄貴は52歳だった。
甘いものとタバコが大好きだった。
結婚が遅かったから、小さい頃のかあちゃんにそっくりの一人娘はまだ小学3年生だ。

棺に入れられた父親を無邪気に覗き込んだその娘が、八代(やっちろ)弁と熊本弁が混ざったイントネーションでこう言った。

「おとうさんずっとねてらすとよ。ウチ、もう18回もお線香あげたとけん、まだ起きん」

休みのたびに海釣りに行ってしまう兄貴が、この1ヶ月というもの毎週娘と遊びに出かけ、普段飲まない酒を奥さんの実家で珍しく飲んで帰ったのが亡くなる前日、その日曜日は自分の実家にも寄り、墓をきれいに掃除し、散髪もしてさっぱりしたんだそうだ。

身ぎれいにした兄貴は、月曜日の朝いつものように仕事に出かけ、立ち寄った公園のトイレで小用を足して出てきたとろで倒れたらしい。
心配停止状態で発見されたが、とても穏やかな顔をしていたという。

不思議なことはほかにもあった。
息子に先立たれた83歳のばあちゃんが手にした数珠が、葬儀の最中に切れた。

一番仲の良かった叔母さんが首にかけていた黒真珠のネックレスが、外れて落ちて珠が散らばった。
それらは全部お伽のあとに聞いた。
8歳の娘は泣くこともなく、オヤジが天草に着いてからずっと“遊ぼう、遊ぼう”まとわりついて離れない。

「東京のおじちゃん、コーラば開けてくれんね。おとうさんまいにち飲んでらしたけん。しゅわしゅわ〜て」

一緒に飲んだコーラが、切なく甘く、しゅわしゅわ〜っと沁みた。




08:42:52 | mogmas | | TrackBacks