June 10, 2006

清水の次郎長

PHP文庫から出ている、黒鉄ヒロシの「清水の次郎長」上・下巻を読んだ。
先に出ている「新選組」「坂本龍馬」と同じ「歴画」シリーズだ。
黒鉄ヒロシは、あたり前に資料を全肯定して歴史上の人物を描く愚をおかさず、独自の解釈や、登場人物からみると「ひねくれた見方」でその人物を掘り下げていく。
「新選組」や「龍馬」には確かな資料がたくさんあるし、事実として歴史が証明しているが、有名とはいえたかがやくざ者の生涯は、ウソと見栄とのせめぎ合いで真実はかすんでいる。
しかし、あとがきで自身が語るように、幼年期に映画や芝居、講談などでこれでもかと植えつけられた次郎長細胞を、掴み出して立たせたいという気持ちから生まれたというこの本を読み、オヤジの中の次郎長細胞も共感し、すっと憑き物が落ちたように笑えた。

著者が参考文献に使った29冊のうち、5冊は所蔵していて、その他に7冊の次郎長関係のノンフィクションと小説が本棚に眠っている。
これだけあればオヤジの「次郎長伝」をものにできそうだが、あいにくオツムの中は酒でみたされてしまっている。
これらの本のほとんどは中・高生のときにコレクションしたものだが、なぜこんなに次郎長=任侠=やくざに傾倒したのか、やはり昭和3、40年代の映画・テレビ・芝居でさんざんもてはやされた「股旅」モノに影響を受け、知らぬ間に次郎長細胞を植えつけられていたのかもしれない。

むかし「万国びっくりショー」みたいな番組で、やたら記憶力のいい子供が出てきて、歴代天皇陛下の名前を全部そらんじたりしたものだが、歴史に登場するさまざまな集団の全員の名前をおぼえたりすることはよくやった。
「真田十勇士」「里見八犬伝」の「八犬士」、「忠臣蔵」の「四十七士」、「てんぷくトリオ」のメンバー、そして「清水の27人衆」。
赤穂浪士は数が多くて、何人かの義士の名前は最近どうも出てこないし、次郎長一家はせいぜい10人ほどしか思い出せない。
広沢虎造の「スシ食いねぇ」の一節だって、もう何十年もきいていないから忘れてしまった。
でもなにかのキッカケで、オヤジの中の次郎長細胞がムクッと頭をもたげ、役に立たない知識の端くれが口をついて出てくることがある。

17歳の時に自転車で四国へ行った理由の一つには、「森の石松」が次郎長親分の代参で行った「金比羅」さんを見てみたかったからでござんすよ。
なけなしの銭はたいて、お土産屋で縞の合羽に三度笠を手に入れ、自転車にくくりつけて走るようなバカなガキでござんした。
「弱きを助け、強きをくじく、男の中の男」だなんて、エンターティンメントに美化された渡世人に憧れ、任侠と暴力団は違うと思いたくて、アウトローを受け入れるために「反体制」とか「アナーキー」なんて言葉まで引っ張りだして正当化しようとした、まったくお粗末で愚かなアホガキでやんした。
そういうかつての人気者「清水の次郎長」像を、おもいきりぶち壊し再構成してくれるのが本書でありやす。
もちろん、著者の体内に宿る愛すべき次郎長細胞は、斬った張ったで明日をもしれないはぐれ者の世界を、持ち前の強運でツキからツキへと渡り歩いていく無法者の陽の部分もそれなりに評価し、幕末の動乱を乗り切り往生した次郎長に、最後に生涯を振り返らせ語らせることも忘れないという計らいでござんす。
見事なり、黒鉄ヒロシ。

次郎長の生涯を表面的にいい部分だけを取り上げると、富士のお山を背景に、日本人の大好きなきっぷのいい大親分の痛快物語が出来上がるだろうがよ。
しかしこの時代に、何を血迷ったか、天下のNHKがゴールデンタイムでドラマに仕立てやがった。
主演は中村雅俊、一の乾分の大政に草刈正雄だってさ。
バカだねぇ。
いまさらヤクザ者の話を公共放送がやる意味があるのかってぇんだ。
荒神山の喧嘩手打式の古写真を見りゃァ、次郎長の顔にはさんざん極道をやった貫禄が滲み出てらァ。
中村雅俊じゃあどっから見たって根っからの善人じゃねぇか。
昭和3、40年代のノンキな時代劇じゃぁねぇんだからよ、どう見たってミスキャストじゃござんせんか。
写真からあえて配役をすりゃぁ、次郎長親分には、あの「世界の北野」タケちゃんしかねぇでしょうが。
顔のひん曲がり具合がよく似てらァ。
このキャスティングができねぇんなら、中途半端なドラマなんかやめっちまえ!
やい、この、エヌ、エッチ、ケー。
この一件だけで受信料は払う必要はねぇぞ。
あの世の黒駒の勝蔵もだまっちゃいねぇっての、この唐変木が。

次郎長親分だって、あの世からニヤニヤしながらこう言ってるぜ。
「おいおい、いつの世もお上のやるこたぁマヌケだねぇ。おれはせいぜいこいつを利用さしてもらうずら。
ほれ、地元の衆よ、町おこしだ、村おこしだ。
骨までおれをしゃぶって稼ぐがいいずら。
さんざんワルをやった、せめてもの恩返しだほい。
またいつか、どっかのアホが引っかかるまで達者でな」

そんじゃぁ、これにてご免を蒙らせていただきやす。
ご免なすって下さいまし・・・。



10:36:00 | mogmas | | TrackBacks