February 14, 2006

イシの弱い家族

オヤジが毎晩ビールを飲む理由を、ばあさんは今痛いほどわかっていると思う。
医者が「飲んだ方がいい」というのだから、しょうがないじゃないか。
かあちゃんだって、しょうがないと思う経験があるので、限界を超えない限りは大目に見るのだ。

もう30年近く前、オヤジとかあちゃんは西麻布に住んでいた。
当時は西麻布の交差点を「霞町」と呼んでいて、そこから広尾の方へ向かい数百メートル行き、六本木方面へもどるように坂を上ったところに、あの西武帝国の「堤清二」のお屋敷があった。
扉が開き、黒塗りのリムジンが入って、固く扉が閉ざされるほんの少しの間に内部の様子を見たところでは、入って左手に高原のホテルと見まがうばかりの洋館が建ち、きれいに手入れされた芝生の庭を挟んだ向かい側に、駐車場やたぶん使用人の住まいのような建物があった。
広大な敷地には池や、なにやら奥の方にも建物が建っていた。
世の中は持てるものと持たざるものの間には、かくも大きな差があるのかと、20代はじめの若造は実感した。
しかし今じゃそれもなく、はかない夢のように再開発がなされている。
そのお屋敷を睨み、路地裏を少し行くと、小学校の裏門に突き当たり、そのはす向かいに立つ木造二階の古いアパートが当時の住まい。

ある日のこと。
4畳半と6畳の境目を襖で仕切り、その白い面に8ミリ映写機でモノクロの映像を映し、友達と酒を飲んでいた。
突然腹が痛くなり、我慢しきれなくなり、奥の6畳間にひっくり返ってもがいていても、かあちゃんも友人Tも、ちっとも本気にしてくれない。
脂汗を流し呻いてしばらく、ようやく尋常ならざる様子に2人も気づき、タクシーを呼んで広尾病院へ行った。
尿管結石と診断され、そのまま入院。
しかし運の悪いことに、当時人気絶頂だった「野口五郎」が入院して来て、看護婦はみんなそっちに気をとられ、苦しんでいるオヤジはてんでかまってもらえなかった。
痛み止め目も効かず、初体験の浣腸までされ、「野口五郎」は嫌いになった。
そのときばあさんの言ったセリフは、
「金も貯めないで、石なんか貯めて、バカだねぇこの子は」
だった。
好きで石のコレクションをしたわけじゃないや・・・。

それから20数年、あの時苦しんでいたオヤジを、最初はせせら笑ったかあちゃんが、夜中に痛みに襲われた。
症状を聞けば、「石」の痛みに間違いない。
ヘラヘラ報復の笑いを浮かべ、それでもバイクの後ろに乗せて、救急病院まで連れて行き入院させた。
苦しみを分かち合えて、夫婦はわかりあえるのだ。

そして今日。
数日前から痛みだしたばあさんの腎臓は肥大し、でっかい石が管を塞いでいることが判明した。
因果は巡る、石貯め親子。
バカにしたようにオヤジに苦言を垂れたばあさんも、今じゃすっかりおとなしい。
石ぐらいで死にゃぁしない。
次から次へと起こる身体の異変に、ばあさんはすっかりまいっている。
でも考え方を変えれば、ここで何もかも膿を出してしまった方がいいのだ。
むしろ一遍に悪いところが見つかって対処出来るのだから、もっけの幸いと考えた方がいいのだ。
そして、しばらくばあさんが入院してくれた方が、こちらとしても安心だし、温泉にも気兼ねなく行けるし、外食もできる。
更に、プロじゃクターの大画面で思う存分深夜の映画を楽しめる。
入院バンザイ。
石に弱い家族に幸あれ。
以上、親不孝息子の実感レポートでした。

15:38:42 | mogmas | | TrackBacks