June 17, 2006
不味い!
虫の幼虫には美味いものがあるのは知っている。しかし、美味いものがあれば不味いものもあるのが世の定め。
幼虫が美味かったからといって、積極的に成虫を捕まえて食べてみようなどとは、普通は思わない。
真夏にミンミン、ツクツク、ジージー鳴いているセミを捕まえて、羽をむしり取り串刺しにして、焚き火でほどよく焼いて食べるなんてことはよほど飢えていても普通はやらないだろう。
まして、シオカラトンボを丸裸にして串焼きにしようなどとはついぞ考えたことがない。
そんなことを、味への興味と学術的探究心とでやってしまう人がいた。
飽くなき食の冒険者は、美味しさを知るために、不味さも知るべしと訴えかけるのである。
カラスの肉を喰い、ヘビの肉を喰らいヘビ酒を飲み、羊の血の腸詰めを涙ながらに喰い、世界一臭い「シュール・ストレミング」を気絶しそうになりながら味わう。
ウッ!となりながらも喉を通し、胃の腑へ収め、翌朝排泄されるものまでも客観的に観察する勇気!
臭い、不味さの原因を科学者・研究者の目で冷静に分析し、どうすれば美味く食えるかと考え、実行してみたりする。
その姿勢は、いわゆる“ゲテモノ”を食した時だけのことではなく、「不味いラーメン」、「不味い納豆」、「不味い学校給食」、「不味いビール」、「不味い大阪のホテルの水」等々、日常で接するあらゆる飲食物にも同様の視線でのぞむ。
不味くてもけっして吐き出したり、その場でテーブルを引っくり返すほど怒ったりはしない。
美味いものにも、不味いものにも食べ物としての敬意を払っている食の冒険家は、まあ、食いしん坊バンザイでジェラルミン製の胃袋をもった酒飲み中年オヤジなのだ。
だがしかしその実体は、東京農大の応用生物科学部教授、農学博士であり、専攻は、醸造学、発酵学、食文化論。
新潮文庫より、定価400円。
コイズミ教授の悪戦苦闘の食べ歩きは、生半可なグルメと柔な胃袋では務まらない。
だからその体験談は、おかしさを通り越して崇高ですらある。
食べることに一生懸命でない若者、つまらないダイエットとか、舌もできていない子供の頃のトラウマに縛られて好き嫌いを言う人などは、ぜひこの本を読んで目を開いてほしい。
食べ物を作る立場として怖いのは、慣れてしまい、人の意見を聞かず、改革と冒険をしなくなってしまうことだ。
美味いもの、また特別不味いものは、いい、悪いにかかわらず人々の記憶に残るが、“普通”と評価されてしまうものは、他の無数にある飲食物に紛れて忘れ去られてしまう。
その戒めを、コイズミ教授は食の冒険の中で教えてくれた。
また、「我輩はビールである」(廣済堂出版)という本では、「牛が水を呑む如く 鯨が潮を呑む如く 海が大河を呑む如く 天が雲を呑む如く 俺はビールを豪快に呑む」
と健啖家ぶりを発揮、琥珀色の液体について余すことなく語っておられる。
ビール好きにはバイブルのような書であるが、字も大きく大人の絵本のように読みやすいので、こちらも一読をお奨めしたい。
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