September 30, 2006

あれから一週間

  
半年過ぎるのも早かったし、8時間はあっという間だった。

祭りのあとの一週間はさらに早く、熱が冷めるどころか、何かのキッカケでパッと燃え広がりそうだ。

回復した林檎娘に毎日曲を読み込ませ、写真とムービーの編集に頭を悩ませている。

新しい携帯電話のミニSDカードを買ったら、着メロ無料ダウンロードの特典がついていたので、早速「落陽」をゲット。
メールを受信するとこれが流れるのだ。
試しに小僧に空メールを送ってもらって、一人ニヤニヤしている。

virginを覗いたら、「たくろう」の紙ジャケCDがあったので、「アジアの片隅で」を買ってしまった。
ふと別の棚を見ると、「友部正人」の「にんじん」も紙ジャケであったので、それも衝動買い。
我が家にはLPレコードはあってもプレイヤーが無くなってしまったので、聴きたけれは゛CDを買うよりないのだ。
TUTAYAさんには「友部正人」は置いてなかったし・・・。

ギターを弾いたり、いわゆる“フォーク”を聴くキッカケは、実は「たくろう」ではない。
その前に「友部正人」に頭をぶっ叩かれたのだ。
彼のセカンド・アルバム「にんじん」に収録されている「一本道」に、胸ぐらを掴まれグラグラ揺すぶられてしまったのである。
まだ酒のなんたるかもわかっちゃいないガキが、

「♪ お銚子のすき間からのぞいてみると そこには幸せがありました
   幸せはホッペタを寄せあって 二人お酒をのんでました
   その時月が話しかけます もうすぐ夜が明けますよ ♪」

の歌詞にクラクラッときてしまって、シジュウクサイの今でも夜明けまでのんでしまっている。

「♪ あヽ中央線よ空を飛んで あの娘の胸に突き刺され ♪」

泣くような、叫ぶような、切ない「友部正人」の声に憧れ、何度も酒でうがいをしたものだった。

virginでCDを買うのはバージンだったオヤジは、そそくさと帰って、林檎娘に「にんじん」を挿入し、「たくろう」の原点めざして、またまた70年代へワープしてしまったのである。


16:08:23 | mogmas | | TrackBacks

September 28, 2006

アンテナのない携帯


「つま恋」でオヤジの携帯電話にアンテナがついているのを見て、「こじこじ師匠」に「今時珍しいィ」と言われてしまった。

我が携帯は今や時代遅れのTU−kaなのだ。
ブログに添付する写真はたった1枚だけしかできないし、サイズだって変えられない。
すぐにバッテリーは消耗してしまうし、画面は小さい。

再三auに変えましょうと案内が入ってくるので、とうとう電話屋さんに家族で出かけて、一気に4台auに変えてしまった。

名前と生年月日を1年分ほど書かされて、すべて0円の型落ち最新機種を手に入れた。

チンプンカンプンの使い勝手ながら、どうにかこうにかブログの更新をしている。
なんと快適な文字入力なのだ!
変換効率の素晴らしいこと。
画面も大きくラクチンこの上ない。

やっぱ携帯とかあちゃんは新しいのに限るぜよォ。

あ、て、て、て、ェェ〜ッ!
耳引っぱるなって、かあちゃんユルチテ〜ッ!



11:14:39 | mogmas | | TrackBacks

September 27, 2006

総括・つま恋2006

  
台風が間際で妙な角度でそれた時、自分が「晴れ男」だと固く信じるべきだった。
1度も使わず、ただ重くかさ張るだけの雨具や防寒着など持ってこなくてもよかった。

泡盛の他にバーボンのボトルも持ってくるべきだった。
もっと最初からムービで撮りまくるべきだった。

画像の表示画像の表示

写真ももっともっと撮るべきだった。
もっと完璧なTシャツを作るべきだった。

画像の表示画像の表示

出来れば現地に前乗りして一番乗りするべきだった。
メガホンなども隠し持つべきだった。

画像の表示画像の表示


画像の表示踊る「ヒトリモン」

チケットを手にしてからのあっという間の半年間。
ほとんど立ちっぱなしだがあっという間の8時間。
本人が演奏するカラオケ状態で声は涸れ、何度も涙が流れる始末。
とっとと会場を後にしたけれど、一番最後まで残ってみてもよかったかもしれない。

もしも、また来年、5年後、10年後やるといったらどうするという問いに、「絶対行く」と全員即答。
ギターが欲しくなり、昔のLPが聴きたくなった。
昔のラジオの深夜放送で、拓郎とかぐや姫が生演奏したり、語っているカセットテープをデジタル化しようと思った。
とても涙もろくなった。
演奏の最後に深々と頭を下げた拓郎の姿が脳裏に焼き付いている。

もう早々と「YouTube」でつま恋の映像が流れている。
やはり動画でみると感動ものだ。
デビュー前から拓郎の楽屋へ出入りしていたみゆきちゃんは、拓郎兄ちゃんと共演できてとてもうれしそうだった。
拓郎兄ちゃんも赤くなっていたかもしれない。
アドレスはこちら→永遠の嘘をついてくれ /吉田拓郎 with 中島みゆき



10:00:00 | mogmas | | TrackBacks

September 26, 2006

復活!林檎娘

  
長らく修理に出していた林檎娘が帰ってきた。
ロジックボードとパワーサプライの交換という大手術をうけた林檎ちゃんは、それでも中のデータは無事で、少々設定が変わってしまってはいたけれど快適に動作する。
林檎屋の修理報告書には、何が原因なのかは一言も書いていないが、ロジックボードを交換するぐらいだから、もともとのハズレを引いてしまったのだろう。

まあしかし、ポンポン買い替える余裕などないし、出来の悪い子ほど可愛いとも言うので、これからも愛用しようではないか。
窓子のスカスカしたキーボードと比べると、林檎娘のキーボードは実に入力しやすいし、鍛えたおかげで日本語の変換効率もよい。
たが転ばぬ先の杖、「つま恋」で撮った290枚の写真やら諸々は、DVDにしっかりバックアップした。

さてこれからは窓子との連携で、よりスムーズにストレスなくなんでもこなせるようにしたい。
と、と、ところが、LANに接続してなんとか現役で動いていた林檎本1400改G3が、小僧の無理難題操作に音を上げ、起動しなくなってしまった。
う〜んむむむ、悪夢じゃ!!


16:01:55 | mogmas | | TrackBacks

祭りのあと-つま恋レポート6

  
浜松グランドホテル、午前1時。

シャワーのあと再びビール。

みんな日焼けした。
バンダナを被っていたオヤジは、おでこの半分から下が日に焼け、まるで下手なドーランを塗ったようなヘンな顔になってしまった。

まだまだこの調子なら、1975年の時のように朝までいけそうではあったが、やがて瞼と口が重くなってきた。
部屋に帰り、2秒で爆睡。

翌朝9時半起床。
家にいる時よりたっぷり睡眠を取ったおかげで今日も元気だ。

浜松は名古屋に近いから、きっと名古屋式のコッテコテのモーニングサービスがあるだろうと期待していたが、そんな喫茶店はないのだそうだ。
豊橋まで行けばありますよと、タクシードライバーが教えてくれた。
モーニングのために逆方面へ行くほど血迷っていなかったので、ここはご当地名物「うなぎ」にすることで一同意義なし。

浜松の駅周辺をウロウロ、やっと見つけた創業明治42年の老舗「八百徳」へ吸い込まれ、メニューの一番上に書かれている名物「お櫃うなぎ茶漬け」(櫃まぶし)と肝焼にまたまたビールで乾杯。
画像の表示ボリューム満点、絶品です。

すっかり満足して新幹線に乗り込む。
車内には「つま恋」の袋を持っている同世代がちらほら見える。
熱海下車。
旅の仕上げはやはり温泉にしたい。
駅近くの日帰り入浴をやっている旅館へ。
海と、キングコングとゴジラが戦った熱海城を見渡せる露天風呂で汗を流し、互いの日焼けあとを見て、しばしのんびり。

風呂上がりにお湿りを頂きたくて、道端の椅子に腰掛けていた酔っぱらいのおじいちゃんお薦めの居酒屋へ入る。
エビスの生と生シラスやタコワサビなどをつまみに、1時間ほど飲む。
新幹線の時間まで間があるので、いい気持ちの状態で土産物屋を片っ端から冷やかし、次々と試食品を食べ、土産を買った。

新幹線でつかの間眠り、東京駅で「こじこじ師匠」と別れ、残った3人は千住へ。
オヤジは仕込みをするために店へ、「ヒトリモン」はあとで根室の秋刀魚を持ってくると言い残して帰り、かあちゃんは帰りを待つ小僧とばあさんのために、すぐに食べられるものを買いに行った。

片付けと仕込みをしながら、現実に戻ったことを実感する。
しかし、まだ今日は終わっていない。
「♪祭りのあとの寂しさが、いやでもやってくるのなら♪」
再びビーサンで現れた「ヒトリモン」と、仕事を終えて帰ってくる「バーバーくん」を拉致し、最後の飲み会に出かけた。
ひとしきり飲んだあと、ゲーセンへ行こうと「ヒトリモン」が言い出し、酔っぱらい3人はプリクラを撮り、伊勢エビを釣りそこない、カーレースに熱中した。
タフなオヤジ共もさすがにヘロヘロになると、「バーバーくん」は呆れたように帰り、ビーサン先生とも別れて帰路についた。

たった1泊の旅だが、長い長い旅だった。
ステージで拓郎もこうせつも、「また10年後に会おう」とは言わなかった。
もうこの世にいない人もいる恐れがあるし、介護が必要な人ばかりのコンサートってどうよ。
しかし「♪それでもいつか どこかの街で 会ったなら 肩を叩いて 微笑みあおう♪」と誰もが思ったのではないか。
オヤジたちの31年はようやく終わった。
ただ今は、この思いのまま眠りにつくだけだ。
  
しかし、家に帰って平和な眠りを貪ろうと思っていたのに、林檎娘が長い手術期間を終えて退院していた。
20日あまりかかって戻ってきた林檎娘を放っておいて眠れるわけがない。
泣きそうな体力で林檎娘の梱包をほどき、ケーブル類を接続する。
懐かしい「ジャァ〜ン」という起動音を聞きながら待つことしばし、初期化されていないハードディスクには諦めていたデータが残っていた。
うれしさ半分、もうこれで充分という気分で林檎娘をスリープし、せっかくの温泉が台無しになるほど汗ばんだ身体にシャワーを浴びせる。
髪の毛が乾いていないのもかまわず、布団に転がり、10秒でご臨終。
頭の片隅に微かに「唇を噛み締めて」が流れていたが、それもフェードアウト。
さらば1975&2006、フオーエバーヤング・・・。

10:02:00 | mogmas | | TrackBacks